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自己犠牲精神は「愛」ではない

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ピッコロ「に・・・・・・げ・・・ろ・・・・・ご・・・・・悟飯・・・・・・・」

 

悟飯「ピ・・・・・・・・ピッコロ・・・さん・・・・・・・」

 

自分以外の誰かを優先させる事は素晴らしいと私達は教わってきました

 

確かにそれはある意味正解でもあるし間違いでもあります

 

例えば満員電車でお年寄りに席を譲るという行為に関して言えば

それは素晴らしい行為でしょう

 

ですがアナタが心底疲れていて心にも体力的にも余裕が無いにもかかわらず他人を優先させる事が美徳なのでしょうか?

 

その結果アナタは更に疲れを家庭に持ち越し夫婦喧嘩してしまう

 

自分の家に食料が無いのに他人に分け与えることで自分達が飢えることが美徳でしょう

か?

 

自分はお金がないのに友達にお金を貸して月末の支払いに困る

 

他人を救った結果アナタが死ぬことが美徳なのでしょうか?極端な話・ω・

 

他人に分け与えるという行為は自分が十分満たされていて十分余力が余っている人間にしか出来ない事なのです

出来ないわけではありませんが、それは必ずバランスの崩壊をもたらします

自分が満たされてないにも関わらず他人を優先していたら必ず何処かのタイミングで不満や不足感が募ってきます

 

それはギブとテイクのバランスにも言えることです

 

与えてばかりでは不満が募ってきます

 

貰うばかりでも罪悪感が募ってきます

 

そしていずれ関係が崩壊します

 

まずは誰よりも何よりも自分を優先させましょう

 

自分を整える時間を何よりも最優先させる

 

自分に与える事を誰よりも優先させる

 

そして自分が整い満たされて余った余力で他人に分け与えればいいのです

 

人生とは人を生かすと書きます

 

人とは自分自身の事だし他人の事でもあります

 

しかし人を生かすにはまず自分が生きていなければならないのです

 

他人(肉親含む)ばかり生かして自分を殺してはいませんか?

 

何をやるにもまず自分を最優先に考えて行動してみては如何でしょうか?

 

もしかしたらその方が物事が円滑にスムーズに行くかも知れませんよ(^o^)v

 

ちなみにピッコロさんや親が自分の身を挺して子供を守る行為は本能だし

考える前に身体が反応する行為は「愛」だと思います。

 

今日もありがとうございます

 

応援してます☆彡

 

ではまた~(^ν^)/