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月別アーカイブ: 2021年7月

罪悪感はもう持たなくていいよ VOL.2

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トランクス「・・・。」

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18号「‼?」

 

 

自分を愛する事ができるようになると不思議な事が起きるようになる

 

今まで上手く行かなかったことが急に上手く運び出したり

周囲の人から素敵ですねとか、色んなところを褒められたりモテたりするようになって

パートナーが出来たり昇進したりお金が増えたり願望が叶うようになる

 

でも勘違いして欲しくないのは、アナタの容姿が美人だからとかイケメンだからとか

才能があるとかお金やキャリアがあるからとか有名だからとかじゃないってことです

 

それは先にアナタが何者でもないあるがままのアナタを認めて愛したからです

 

地味にちょっとずつ自分の事を駄目出しせずに誉めて褒めて優しくして愛の言葉を投げかけて自分に愛を与えて感謝して本当の心の声に素直に行動してあげた心の投影として周囲から愛されるようになったわけです

 

それを絶対に忘れない事が肝心です

 

お金や成功、社会的権威や影響力を持った途端そういうステータスや他者が与える承認やレッテルがアナタの価値を決めてると勘違いないしない事

 

そういう外側の他者の承認がアナタの価値を決めてるわけじゃないってことです

 

そうじゃなくていつでもどんな時でもアナタ自身がアナタの価値を決めるというだけの

お話です

 

アナタを認めて愛して価値を与えるというまさに魔法のような力を使えるのは

宇宙でアナタだけなんです

 

それを忘れずに自分と同時に外側の世界も愛せるようになると

 

内と外は全て一つで世界はワンネスであり自分を愛する事が世界を愛する事であり

目に見える全ての人、物、出来事を愛することで、それはまた自分自身を愛することになるんですね

 

パラドックスな不思議な世界にいる、というか自分自身が生み出した幻想なんです

 

ある種のチートですけどね、こういう考え方で生きるというのは( ^^) _U~~

 

でもこういう生き方や思考で誰かの人生が楽に楽しくなれば良いと思うのであります。

 

 

今日もありがとうございます

 

応援してます☆彡

 

アナタは既に愛されてます

 

ではまた~(^v^)/

 

https://youtu.be/eVYM9gZsrWg

罪悪感はもう持たなくていいよ

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18号「またトランクスか なあ17号、もうこいつやっちゃっていいだろう!」

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トランクス「・・・。」

 

この二人の容赦ないやり取り(;^ω^)

 

 

私達は何かにつけて自分自身をジャッジしてきました

 

それは両親、はたまた先祖代々から続く負の連鎖、社会の定める価値観でもあります

 

それらが果たして私達を幸せにしたでしょうか?

 

自分に苦しい思い込みをさせても幸せにはしてませんよね

その思い込みを持ったが故に生まれるプラスの作用もあるんですけど、その話は一旦置いといて罪悪感を感じつつ生きていると中々人生ハードモードになるんですよね

 

何故近年、世界を見渡しても離婚率がこんなに多いのか

それは社会の価値観が変化しているからという事もあるのかもしれませんが

もっと根本的に私達自身が他者との付き合い方の前に自分自身とどう付き合っているのかというのが鏡となって分離という現象を引き起こしているのかもしれないです

 

罪悪感の正体は無価値観だから、受け取るべきものも受け取れない

人に心を開けない開かない、自分が心を閉ざしているので他人を弾く

表面上は当たり障りなく付き合えても深い関係性は築けない

自分が相手に入って行きたくても壁があるので自分も相手も懐に入れないわけです

 

それは物でもお金でも人でもそうなんです

 

自分が価値を感じれない人や物に価値あるものを与えようとしますか?

 

罪悪感、無価値観という強固な壁が豊かさや愛を受け取るのを拒否するんです

アナタの表面的な意識とは別に無意識が勝手にね

 

何となく心当たりありませんか?

 

お金やスキルがない自分はダメとか(他人と比較して)何らかの成果、結果を出していない出せてない自分を勝手にダメだとジャッジして自分に厳しく辛くあたってません?

 

そもそも自分を価値の無い人間だと何処かのタイミングで恐らく幼少期に思い込んでしまった場合、大人になってもその頃の欠乏感に駆り立てられ、がむしゃらに頑張って他人からの承認を得ようとしたり自分にお金やビジネスの成功という形で付加価値を付けないと

自分にOKが出せない価値を感じる事が出来ない

 

でもそれは前提が無価値観という幻想を信じてしまっているので当然、外側の世界にそれを求めても内側の反映である三次元世界でのアナタの欠乏感、焦燥感は埋まらないわけです

 

アナタが本当に欲しいのはお金でもキャリアでもなく愛です

 

これは自分含めて誰しもがきっとそうなんです

 

では誰からの愛?

 

 

幼少期に遡ってみると、それは紛れもなく両親の愛情を欲しがっていたわけです

 

当然本能的には正しい行為ですよね

だって子供は両親が面倒見てくれなかったら生きていけないわけですから当然

両親に愛されようとします

 

ですがその本能故に、それが得られなかったと間違った錯覚、認識をしてしまうと

それが子供心に深い悲しみや罪悪観、無価値観となって大人になったその後の人生にも暗い影を落として生きていく事になります

 

そこに私達の恐れや不安の種があるんです

 

それは幼少期でもあるしアナタの両親も御先祖もそうであった負の連鎖の思考パターンだという事です

 

ではその本質は?

 

私は常に自分に自信を持ちたい、人生に宇宙に何らかの法則があるならそういうものへの確信を持ちたい、自分の価値を証明したいと思って生きてきました

 

それは裏を返せば自分に自信が無いという事の現れです

 

もっと言い方を変えると素のままの自分では他者に愛される自信がないという事です

 

もっと深堀すると今この瞬間の自分の価値を自分で認められないという事です

 

だからビジネスを頑張り、パートナーに愛されるように頑張って、スキルや知識を身に付け、お金を儲けてどんどん外側の付加価値を自分に足していって、他人には弱みを見せず

完璧を目指して他者には自分が完璧であるように見せて、物凄い重い鎧を背負い壁を造って何とか自分の価値を証明して見せようとしてきたわけです

 

ひたすら外側を埋めながら

 

でも結局埋まらなった

 

たった一つの愛が欲しいだけだったのに・・・

 

でもそれは本当のところ他者や両親からの愛ではなく自分で自分を愛せるようになる事であり

 

自分で何物でも何も持っていない素のあるがままの自分の価値を認める事だったわけです

 

お話を聞いて見るとそういう感じの人って結構いるんです

 

大きな会社の社長さんや名の知れた有名人の方とか

 

本当は自分で自分を愛せるようになる事だけで良かったんだけど

外側に愛を求めた結果、手に入ったものは虚しさコンプレックスも欠乏感も埋まらないみたいなね

 

そういう人を癒せるのは、やっぱり愛しかない

 

それは少しずつ過去の罪悪感や無価値観を手放していくこと

 

日常の中で自分に厳しく駄目出ししたりせずに、自分を認める肯定する感謝する言葉を

自分自身にかけてあげる事です

 

そういうクセを常日頃から身に付けることでちょっとずつ自分自身の愛のコップが埋まっていく

 

それが満たされると現実がどんどん良くなっていきます

 

アナタはお父さんやお母さんに本当はどんな言葉をかけて欲しかったんでしょう?

 

どういうふうに接して欲しかったのでしょう?

 

一生懸命頑張って認められたかったのか、それともそこに居るだけで充分だとアナタの存在自体を肯定されたかったのでしょうか?

 

一番大事なのは自分の心の声をしっかりと傾聴してあげることです

 

今どう感じてどうしたいの?

 

何を感じていたいのか?

 

何が欲しいの?

 

それが物なのか、言葉なのか、学ぶことか、趣味に没頭することなのか、仕事に熱中することなのか、散歩や運動や瞑想やイメージか、誰かに合いに行く事なのかは心に良く聞かないと解りません

 

たとえ大事なパートナーがいても相手に無理して合わせたり自分よりも相手を高く見ては上手く行きません

 

それは相手に力を明け渡すことになるからです

 

アナタ自身が自分の最高価値を知り大事にしてそれに沿った生き方をしない限り

それを相手に伝える事も相手の最高価値を大事にしてあげることも出来ません

 

自分を愛する事が出来ないと他者の愛し方も解らないままだったりします

 

まずは自分に優しくてもいいんだ

 

私は私を好きになってもいいんだ

 

このまま何も変わらなくて愛されて、自分の事を好きになって、愛していいんだという事に気付きましょう

 

気付いたなら毎日そういう感じで自分と付き合う事です

 

そうすると人との接し方や付き合い方も同時に変わっていきます

 

思考でどうこうとか潜在意識の書き換えや過去の意味付けの解釈を変えるって

セッション受けたり高いお金を払ったりする必要もあります

 

でも今の自分の完璧で愛してるってただ自分に言い聞かせる事は無料で出来るんです

 

自分を愛する事に何かの条件付けは必要ないわけです

 

だから自分に愛してます

 

今のままでいいんだよと言ってあげるだけでいいです

 

罪悪感がなくなり自己肯定感が持てれば行動も自ずと変わります

 

愛されてない錯覚は捨ててしまいましょうヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 

 

今日もありがとうございます

 

応援してます☆彡

 

アナタは既に愛されてる

 

ではまた~(^v^)/

 

https://youtu.be/nHhbILcpkTA

思っていたのと違う時

こんにちは
内野です

この前お気に入りの定食屋に行った時のこと
車でその店の近くを通る予定だったので
あらかじめそこの「焼き飯」を食べようと
決めて店に向かいました。

そこは昼に行く事が多く
日替わりのクオリティが高いので
あらかじめメニューを決めて行くなんて事は
しないのですが

その時は前に一度食べて美味かった「焼き飯」
と決めていました。

ひとくち食べたら
「?まえ食べたのと違う」となり
いや、美味しいには美味しいんですけど
少し物足りなさを感じたのでした。

こんな感じで
日常でも人や物に「思っていたのと違う」
なんて事はよくあることで

その時に「残念」「損した」ではなく
それを選んだり、させてあげた
自分を尊重してあげる事の方が
自分への「信頼」にも繋がるので
大事だなと感じました。

のどぐろどうぞ!

ブログ画像

 

運命が予め決められているとしたら・・・

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ブロリー「カカロットーーーー!!!!!

 

 

出会うべき人とは出会う、そんな話を良く耳にします

 

前世や運命というものは存在するのか?

 

こんな話で盛り上がった経験が誰しもありますよね

 

私もこの概念を知った時は、そんな事あるんだな~自分の前世は何だろうなんて思ったりもしました

 

カルマ(宿命)というものがあり今世で前世の行いの報いを受けるという概念があります

 

しかし私達には前世の記憶は・・・無い

 

思い出せないという以前に無い

 

稀に前世の記憶を持った少年という方も現れますが普通は無いわけです

 

宇宙は必要な情報をアンテナを張っていれば見せてくれます

 

つまり自分が価値をおいている物事、氣を向けている物事の情報は意識過剰状態になり

勝手に入ってくるわけです

 

これが本当の引き寄せの法則で既にみんな普通に使っている事なのですが

前世の情報って基本は無いですよね

 

前世に高い価値を置いている人には、そういう情報を探したりセラピーを受けたりして

必要な情報が入ってくるのかもしれないです

 

でも普通は無い、無いという事は恐らく必要がないから無いんだと思います

 

私達の現実は無意識が創っています

 

顕在意識は無意識の結果を観察する体験する事しか出来ないわけです

じゃあ現実を変えるには無意識下にある潜在意識を変えれば良いという事は解ります

 

問題とは有りもしない現実に対する期待から生まれるわけです

 

人生に良い事だけ起きて欲しいという幻想が問題を生み出すわけです

 

失敗のない成功はない、病気のない健康もない、意見の食い違いや価値観の違いなどのない調和もあり得ない、売り上げの低迷のない上昇もあり得ない、葛藤のない突破口もない、不足のない充足もない、迷いのない進展もないわけです

 

でも私達は現実に良い事だけを引き寄せようと色んな本を読んだりセミナーに行って

知識やスキルを学びます

 

でも結果は・・・(;´・ω・)

 

プラスだけを得ようとすると宇宙の法則に反しているので必ず落胆するか失う体感を味わう事になるんです

 

でも本当は得ても失ってもいなくて世界は常にバランスを保っているんです

 

私達の脳は勝手に利益/不利益というフィルターを通して世界を見ています

実態の無い幻想を自分の価値観というフィルターで勝手にストーリーを創り出しているわけです、出来事には本来何の意味もないのにです

 

つまり脳が勝手に解釈し創り出した問題に囚われているわけです

 

私達には自由意思は無いという話があります

 

私達は行動をする時、物事を判断する時に身体が動く前に意識して反応している選択していると思っていますがちょっと違うらしいです

 

実は意識する前に脳が6秒も前に行動を決めているという研究結果があります

 

つまり私達の行動は実は脳のプログラミングによる条件反射なのではないかと

だったら私が決めて来たことは私ではなく脳のプログラムによるものなのかと疑問を持つわけです

 

これが正解だとしたら宿命や運命が予め決められているという科学的エビデンスも納得いきます

 

そこで脳の神経回路を書き換えれば私達の運命は変えられるのかという話になります

 

ここでパラドックスが起きます

 

脳の神経回路を書き換えれば現実(運命)は書き換えられる・・・という事もプログラミングされているのか(。-`ω-)www

 

もしかしたら、そうかもしれない

 

橋の上げ下げから、木から葉っぱが落ちるタイミング

今あなたがこのブログの記事を何時何分に読むかまで既に決まっている

 

これが天から与えられた恩恵なのか、はたまた先祖代々DNAに刻まれた只の情報なのかは知る由もないわけですが一つ言えることは私達の脳は限りなく条件づけられているという事は確かです

 

アナタの人生を思い返してみて下さい

 

自分で選択して今ここのこうしているという実感がどれだけありますか

 

何だか今ここにいるという感じがしませんか

 

アナタがご縁がある人と出会うタイミングや何かを学び行動しようと思ったキカッケは

アナタの自由意思ではなく勝手に起きている氣がしませんか?

 

人は占いなどで未来を知りたいと願います

 

それは自分に降りかかる災難やマイナスに解釈している出来事を避けようとしているからです

 

ですがアナタが望む現実を叶えるためには、その嫌だと思い込んでいる出来事は必ず必要な反作用であり願望実現とセットで付いてきます

 

アナタはマックでハッピーセットを注文したはずですよね?

 

ポテトが付いてなかったら文句を言いませんかw

 

厄年とかもそうだと思います

 

厄年は日本にしかありません

 

これはお役目を授かる年とか使命、天命を知る年だと私は思っています

 

私達はここでも厄払いをして災厄を避けようとします

 

ここでも無意識にマイナス面を受け入れたくないという恐れが行動や風習となって表れています

 

恐らく厄年は飛躍の年という意味はマイナス面の反転を意味するのではないかと思います

 

だって必ずマイナスの出来事エネルギーは、それが大きければ大きいほどプラスに転じますしマイナスを受け取った瞬間プラスも同時に受け取るわけですから

 

マイナスの出来事を避けるのは意味がありません

プラスだけ受け取ろうとする非現実的なファンタジーに生きるのはやめましょう

 

それが出来るのはデイズニーランドくらいのもんです(^^ゞ

 

では運命が全て決まっている中で私達人間のお役目は何なのでしょう?

 

それは運命を回避したり変えようとする事ではなく

自分の運命を受け入れ脳が解釈し創り出した問題に力を与えるのではなく

自分に力を与えて真実に目を向ける事

そして自分の最高の価値観に従って自分が主人公として生きる事です

 

私達が物事をジャッジするのは脳が勝手にやるので仕方ない事です

これは自動操縦の集合的無意識の領域がやっている事ですので、それはそれで良いのです

 

でもそれがないと自分の思い込みに気付けないわけですからギフトととして頂いて

受け入れましょう

 

ですが一発目のジャッジは自動だとしても二回目からはアナタの顕在意識の領域の幻想ですので選択可能な解釈の領域です

 

運命をコントロールするのではなく運命を受け入れる

 

そして自分本意に生きる事です

 

自己中心的な自分本位ではないですよw

 

自分の気持ちを大事にして自分の感じ方、在り方、気持ちの軸、胃腸の胃を整えている自分本意です(^^♪

 

自分を深堀していくと確かに愛と感謝しかないという軸に到達します

でも宇宙も人も刻々と変化していき出来事は意味もなく勝手に起きてきます

お天道様はいつもアナタを見ています

 

前世を氣にするよりも今の目の前の日常に好奇心を向けましょう

 

 

今日もありがとうございました

 

応援してます☆彡

 

とほかみえみため

 

ではまた~(^v^)/

 

https://youtu.be/iytiWFxt09w